水の楽園・尾瀬を守る取組み
片品自然保護官事務所自然保護官
2025年9月1日
名曲「夏の思い出」で知られる尾瀬は、今から数万年前に燧ヶ岳の噴火により只見川の源流部が堰き止められたことで、尾瀬沼や尾瀬ヶ原が形作られたと言われています。冬季の豪雪と豊富な地下水等により、尾瀬はまさに水の楽園となっており、この豊富な水を巡って過去にはさまざまな問題も生じました。
昭和23年には、尾瀬の水利権を得ていた関東水電(東京電力の前身)により、尾瀬ヶ原を高さ100mの堤体で区切って貯水量約7億㎥の大貯水池とする巨大ダム発電計画が発表されました。しかし、国が尾瀬の天然記念物指定を検討していたことや、自然保護団体の働きかけ等により計画は凍結され、最終的に平成8年には東京電力が尾瀬ヶ原の水利権を放棄しました。
尾瀬が観光地となり、利用者が増加の一途を辿っていた昭和30年代には、それまで汲み取り式で汚水処理をしていた山小屋や公衆トイレ等に浄化槽が設置されるようになりましたが、処理水は付近の湿原等に放流している状態であり、富栄養化により植物が巨大化する等の問題が生じました。その後、関係行政機関や山小屋組合等の議論により、現在はパイプラインで集水域の外に処理水を放流するようにしています。
また、尾瀬国立公園には現在全長約60kmの木道が敷設されていますが、これは利用者が湿原の中を歩きやすくするのと同時に、踏圧から湿原を守るためでもあります。尾瀬ヶ原の湿原には泥炭(枯れた植物が低温により完全に分解されず堆積したもの)が深いところで約4.5m〜5mあると言われていますが、泥炭層は1年で約1mm程度しか堆積しないため、人間の踏圧により陥没してしまった場合、その回復には長い年月を要することになります。
ここに書いたこと以外にも、尾瀬の水やそれにより形作られた自然景観を守るため、これまでさまざまな取組みが行われており、そのおかげで私たちは現在も尾瀬の唯一無二の景観を楽しむことができています。私も尾瀬の管理に携わる者として、先人たちの努力を忘れずに、尾瀬の保護と利用のために尽力していきたいと思っています。
1997年静岡県生まれ。北海道大学大学院を修了後、2022年4月に環境省入省。本省自然環境局、中国四国地方環境事務所(岡山市)での勤務を経て、2024年4月より現職。尾瀬国立公園の群馬県域の現場管理を行う自然保護官(レンジャー)として、地域関係者と協力しながら、木道や登山道の管理、ニホンジカ対策、利用促進の取組みなどに従事している。
尾瀬国立公園 https://www.env.go.jp/park/oze/
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