2026年11月2日
高知県東部の奥山で、地鶏「土佐ジロー」を育て、加工販売し、宿を営んでいる。夏には、200㎜を超える雨が幾度も降るのが常だったが、近年は雨の少ない日々が続く。川の水は「川底にひっついた」と言われるほどに減り、顔を出した石には、かつての水位が白い線となって残る。下流の安芸川では「瀬切れ」が起き、川が太平洋とつながらない。鮎が遡上することも、落ちていくこともままならない。
雨を気に掛けるのは、私たちの暮らしに公共水道が無いからだ。谷水や地下水で生活が成り立っている。透明で美味しい水を享受できる一方、蛇口をひねれば当たり前に水が出るわけではない。自分たちで水源を確保し、維持して初めて水を得られる。
今年は年明け早々から、社員が「経験が無い」と嘆くほどの渇水に見舞われた。鶏舎の水が絶えそうになり、夫は山へ「水あて」に通い始めた。水あてとは、山中で水源を確保し、水を求める場まで導くこと。谷の湧き水を取水して、ホースで誘引する。いくつもの谷から伸びたホースは貯水槽に向かう。高低差を読み、サイフォンの原理も使いながら、命の水を鶏舎へとエスコートする。
山の水は、ただそこにあるだけでは使えない。落ち葉や土砂でホースが詰まれば流れは止まる。日常管理は社員が担うが、根本から水をあて直す時は夫の出番だ。山暮らしの経験と元大工の腕を生かして水を得る。今回は、いつにも増して難易度が高かったようだが、狙い通りに水が得られるようになると、安堵と達成感をにじませていた。本格的な水あては功を奏し、今夏の渇水もしのげた。
「上流で水を手にできることは、幸せなこと」
夫は言う。便利さの中で水を誰かに委ねる街の暮らしと、不便でも水の始まりを自分の目で確かめ、手元へ導く山の暮らし。私たちは後者を選んで今がある。水は蛇口から生まれるのではない。その源に触れ、知恵と手間で暮らしを紡ぐ。そんな手応えを、私たちは楽しんでいる。
小松 圭子
こまつ・けいこ1983年、愛媛県生まれ。新聞記者を経て、27歳の時に、高知県の限界集落・畑山へ移住。夫・小松靖一が「新しい田舎型産業を興したい」と、高知県の地鶏「土佐ジロー」を軸にした六次産業化に取り組んでおり、結婚後は共に推し進めてきた。夫から社長を引き継いだ2017年、総務省ふるさとづくり大賞総務大臣賞受賞。畑山で営む宿食事処「ジローのおうち」には年間1600人ほどが訪れている。森林浴や婚活イベント、テントサウナ体験なども企画し、多様な集客を実現。奥山での生き方をコラム等で発信している。









































